天野君の鳥だより   '98 9/7〜9/10
'98 9/7
小笠原
  東京、竹芝桟橋にはまだ残っている夏の風が数日前までの台風の風と混ざり合い吹き抜けていた。そんな中私は「世間の夏休みももう終わったし、すいてるやろー。」と勝手に思っていたが「おがさわら丸」は結構混んでいた。がっくり。10時になると船は東京湾に滑り出した。湾内にはウミネコと越夏組みのセグロカモメが見える。少し岸から離れるとアジサシコアジサシがへろへろしてた。私は小笠原に行くのは昨年3月に続いて2回目である。しかも、今度は海鳥目当てのマニアック鳥見旅である。なんといってもこの時期はミズナギドリのシーズンで、東京釧路航路でもこの時期はなんやかんやと記録されている。じゃあ、小笠原航路やったらもっと高率にハワイ系のミズナギに出会えるに違いない。と、私はアンチョクな考えで思いつきで切符を買った。この時点で財布の中身がラスト2円になったのは今でもいい思い出である。(どこがやねん!)そんなこんなで私は単身、台風明けの太平洋に乗り出したのであった・・・。

東京湾を出ると波が高くなってきた。ここで初めての小笠原行きのときの想い出が蘇った。えらいシケで甲板に出ていたら船員さんに「危ないから、中入って。」と言われ、船室に入ったら、過密状態と揺れと充満するタバコのにおいで気持ち悪くなり、死にそうになったさわやかな想い出が。今回は負けない。私の鳥に関する下心は波より揺れより強力だった。甲板に出ていればまず酔うことはない。オオミズナギドリが房総半島をバックに飛び始める。私はニヤニヤし始めた。なんかいないかな・・・。何もいなかった。

 午後2時ごろだったか船が八丈島沖に差しかかった時、前方から黒っぽい奴が視界に飛び込んできた。私はマッハのスピードで双眼鏡を向けた。ハジロミズナギドリだった。結構最近まで記録が少なかった種であるが、ここ10年くらいのうちに秋の釧路航路で良く見られることがバレた鳥である。初めて見たわけではないが、少し気をよくして海面を見つめる。余談であるが、ハジロミズナギは夕方暗くなる頃に船の明かりに寄って来る変なミズナギで、釧路航路でも夕方の三陸沖とかでわらわらと集まってくるのを見たことがある。他にはトウゾクカモメが1羽とオーストンウミツバメが5羽くらいおった。

 八丈島を過ぎて、大分暗くなってきたのでもう撤収しよっかなと思っていたまさにその時であった。なんかちっこいのがへろへろと波間を飛んでいたのが見えた。スコープをしまい始めていた手をすばやく双眼鏡に持ち替えて鼻血ブー。「ギャー!ヒメシロハラや!ギャー!」私は一人叫び、暴れ、ついでに踊り狂って喜びを表現した。誰にも伝わらなかったが・・・。ヒメシロハラミズナギドリ・・・。今でも鮮明に思い出せるその姿は私の頭の中を今もパタパタと飛んでいる・・・。

 翌6日、昨日のヒメシロハラに気を良くして5時ごろから甲板に立つ。昨日までのオオミズナギドリは全部オナガミズナギドリに変わっていた。またシロハラミズナギドリもパラパラと姿を現した。昨日のヒメシロハラと比べてみるが翼下面の模様も、大きさも全然違う。しばらく見ていると動物写真家のMさんが現れた。(こう書くと海にいたみたいだが、そうじゃなくて甲板に。)ヒメシロハラに話をして盛り上がっていると、一見トウゾクカモメのような色合いの鳥が飛んでいるのが見えた。「ん?」と思ったと同時にMさんも「なんだぁ、あれ・・・!」とつぶやいていた。一緒にいた東京農工大のバーダー2人もただならぬ気配を察した様子。ハジロミズナギに似ているが腹が大きく白く、次列風切から初列風切にかけて白帯が目立っていた。「こんなもん見たことない!」そいつは珍鳥のにおいをプンプンさせながら波間に消えた。私の頭には「ムナフシロハラミズナギドリ」という名前が浮かび上がっていた。後で知ったがこいつらには類似種がいっぱいいて識別は相当難しいらしいのだが、私の持っている初版の630図鑑のはじっこにちょろっと描いてある本種の絵とそっくりだったのでMさんと「ムナフでしたよねぇ!」といって鼻血を吹いた。後日この時のMさんの証拠写真によってムナフであることが正確に判明した。日本初記録ではないかという話題で持ちきりになった。そうこうしてる間に今度は大型のミズナギが飛んできた。大きさはオオミズナギくらいあり模様はシロハラミズナギに似ているが首の周りがはっきりと白い。オオシロハラミズナギドリだ。はじめて見てもすぐわかった。感動。そりゃあ鼻血も出るってもんだ。ブー。しかもその後もう一羽オオシロハラが出た。ブブー。(鼻血音)・・・これで大体小笠原ならではの海鳥と期待してた以上のミズナギは見れたが、お気に入りのセグロミズナギが見れなくて残念だった。

クロアジサシ
クロアジサシ
 小笠原の島影が見えてくる頃、黒い海鳥が現れ始めた。アナドリだ。はじめはオーストンウミツバメだろうと思っていたら良く見たらアナドリだった。結構似てるんだもん・・・。「アナドリ」だけに「あなどれ」ん・・・。(だめだこりゃー)シロハラミズナギは繁殖が終わってもう北上をはじめている頃らしく島に近づくにつれて姿が見えなくなっていった。そのかわりクロアジサシクロウミツバメが見られるようになった。 海上をツバメが飛んでいた。どこ行くねん。岸に近づくとカツオドリがたくさん飛んできた。そして、小笠原、父島にようやく上陸である。(上陸するまでに原稿何枚使ったのでしょう?)

 前回は母島、父島両方に泊まって遊んだが、船の時間とかでバタバタするので、今回は母島3泊で予定を組んだ。初めから海鳥目当てなので島ではのんびり現実逃避するつもりだったんで。そんなわけで父島・二見港につくとそのまま「ははじま丸」に乗り換え、母島へ。二見港で出航を待っている間に山の方を見るとオガサワラノスリが風をつかんでハンギングしているのを見ることができる。

オナガミズナギドリ
オナガミズナギドリ
 この航路でもアナドリオナガミズナギカツオドリクロウミツバメなどはごろごろいる。二時間で母島に着く。私の第14番目の故郷、母島である。(いくつ故郷もっとんねん!)相変わらず母島は時の流れが止まっていた。オガサワラゼミがうるさいくらい鳴いていて、オガサワラトカゲが日向ぼっこしている。名前だけでも小笠原に来たーって感じだ。もっとひねった名前付けたれよ、とちょっぴり思った。前回もお世話になった民宿に荷物をおき、夕食まで散歩に出る。さて、母島といえば世界でここにしかいない名物、メグロだ。(正しくは母島の周りの島にもいる。)メグロは母島では普通で、そこらへんにちょろちょろしている。実にかわいい鳥だ。色も綺麗でなんかうれしくなってニヤニヤしてしまいますよね。(誰に話しかけとんねん)でも実は小笠原は陸鳥は個体数は多いが種類が少ないことで有名で、この散歩で見れたのはノスリキセキレイイソシギイソヒヨドリウグイスメジロメグロムナグロシロチドリの9種類だけだった。アメリカから移入されたグリーンアノールというトカゲがのべーんと昼寝していた。宿に帰ると名物料理の島寿司が用意されていた。わさびではなくからしが付いていてこれがまたおいしく、私のもう一つの楽しみでもあった。

 翌7日。「キリキリキリ・・・」という鳥の声で目が覚めた。メグロだ。起きて窓を開けるとすぐ側の枝に止まってこっちを見ていた。「おはよー。」声をかけると同時に逃げられた。ちょっと寂しかった。時計を見るとまだ5時だった。「くそう、メグロ君め。こんな時間に起こしやがって、しかも起こしといてあの冷たい態度、許せん!」せっかく起きたので朝の散歩にいくことにした。小学校の校庭を見てみた。シギチのポイントだからだ。渡りの時期ということもあってムナグロが数羽とメダイチドリが1羽下りていた。小川には南米原産のオオヒキガエルがゴロゴロいた。朝食を食べ終えたら母島いちのお気に入りスポット、南崎へ行った。とってもいい雰囲気なのだ。海岸に出るまでの林道はトラツグミメグロが多く、しかも逃げないのでかなり一方的にお友達気分を味わえる。ヒヨドリも亜種が違って大分茶色く、沖縄のヒヨ達を思い出す。南崎ではカツオドリのコロニー(その名も鰹鳥島)を見下ろすことができる。真っ白い産毛に包まれた雛が喉をホロホロさせながら親鳥に寄り添っている。暑いんならひっつくなよ。遠くの方をミサゴが飛んでいた。小笠原ではあまり記録はないはず・・・。南崎で「白いカツオドリ」かグンカンドリが飛んでくるのをじっと待ったが、日陰が無く、私が日干しになりそうだったのでほどほどにして引き返す。母島には現在、集落は一つ(沖村)しかないが、南崎と沖村の間にグランドがあり、そこもシギチのポイントである。覗いてみるとチュウシャクシギ4羽、タカブシギ1羽、キョウジョシギ2羽がいた。そのまま宿に帰って少し休み、夕方涼しくなった頃近くのダムにメグロを見に行く。(別にダムまで行かなくてもいるんだけど。)結局、のんびりするはずがじっとしていられず暴れまわってしまう私っていったい・・・。ダムでは渡り途中か、アマツバメが一羽、ツバメと一緒に飛んでいた。帰り際に用水路の水面におっさんみたいな顔のオオウナギがむおーっと泳いでいるのを見た。ちょっと気色悪い。

カツオドリ
カツオドリ
 8日。この日は宿のご主人が車で島内を案内してくれた。かつて集落があった跡をいくつか見てまわった。北港では波打ち際で1mほどのカスミアジが10匹ほどイワシの群れに次々と突っ込むところが観察された。浅瀬ででかい魚が何匹も飛沫を上げている様は迫力があって感激した。宿に戻ってからまた集落の周りをうろついてみたが鳥は昨日と変わらない。沖村の湾の先端にある展望台でグンカンドリが飛んでくることを夢見つつぼさーっとしていることにした。のんびりしに来たんだし、ということでカツオドリが沖でダイビングするのを時々見ながら透き通る海の中の色鮮やかな魚たちやイカなどを見て何もしないで2時間ぐらいが過ぎていった・・・。そのときである。父島の方向から黄色っぽい鳥が飛んできた。「ん?ムナグロか・・・」黄色かったのでそう思ったが双眼鏡で捉えたらチュウシャクシギだった。サーッと顔から血の気が引いていくのがわかった。腰がレンガ色をしているのである。「ハリモモや!!」私は目が飛び出そうになりながらもその鳥がどこに降りるか双眼鏡で食い入るように追いつづけた。小学校かグランドかヘリポートしかない!頭の中でそう考えていたがどんどん遠ざかっていき、沖港をくるりと回って南の方へ飛び去った。「グランドや!」私は2kmくらい猛ダッシュした。しかしそこにはハリモモチュウシャクの姿は無かった。ボーゼンとする私に普通のチュウシャクシギが「あいつなら向こうへ行ったよ。」と教えてくれればよかったのだが「しらないねぇ。」って顔してた。仕方ないのでヘリポートまで足を伸ばしてみたがムナグロが一羽、「なんやあんた。」って顔で私を見ているだけだった。ギャース!どこ行ったんじゃー!草地でなければ磯に降りたとしか考えられない。そうでなければ島には降りなかったかだ。こんな磯だらけの島では探しきれない。乗り物ないし。トボトボと沖村に戻ってMさんが泊まっている宿を訪ねるとMさんは驚いて原付で走り去ってしまった。しかし結局ハリモモは見つからず、日が暮れてしまった。

 9日。朝一番でグランドや海岸を捜索してみたがやはりハリモモ君は見つからなかった。残念・・・。この日はもう帰る日であった。小笠原航路は週に一回しかないので大抵は来た時と同じ顔ぶれと帰る事になる。Mさんも、農工大の鳥屋さん3人も同じ船で帰る。ははじま丸から岩に止まる白いカツオドリを見たが、遠すぎてアカアシアオツラかは識別できなかった。父島・二見港で船を下りてお土産を買いに行き、東京行きの「おがさわら丸」に乗り換える。さっそく甲板に出てみると、港の生簀のところをなんか白いのが飛んでおる。「シロアジサシかなぁ?」と夢見がちな私。クロハラアジサシの幼鳥だった。こんなとこで何やってんねん。

アカアシカツオドリ
アカアシカツオドリ
 船が海原に滑り出すとオナガミズナギが早速見送りに来てくれた。3月ならザトウクジラもよく見られるがこの時期はいない。マッコウクジラならいるが、個体数が多くないのでなかなか見ることはない。たくさんのアナドリを眺めながら行くと突然目の前をでかい白いのが横切った!「あー!あー!あー!」私はアホみたいに叫んでいた。アカアシカツオドリだ!しかも成鳥。船について飛んでいる。すばらしい・・・!なんて綺麗なんだろうか・・・。我々は南風に鼻血をたなびかせて見入った。(みんなを鼻血仲間にするなよ)するとアカアシ君、マストに止まった!うわーああ!足赤い!!私が目、鼻、口からいろんなモノを出しそうになった時、ヤツは不意に飛び立って海面に急降下した。「なにぃー!」私はすごいものを見た。船に驚いて飛び出したトビウオを、空中でくわえ捕ったのだ!このアカアシ君はこうやって船についてまわっては驚いたトビウオを頂戴していたのだ。驚いた。その後も何度もトビウオを捕って見せ、上手く取れたときは一般の観光客からも拍手喝采を浴びていた。

アオツラカツオドリ
アオツラカツオドリ
 おがさわら丸がアカアシ君を引き連れて聟島列島にさしかかったとき、海面を小さいミズナギが移動しているのが目に入った。日本では小笠原以外で見ることはほとんどないセグロミズナギドリだった。ヨダレビチョーン。かわいい・・・。セグロミズナギファンの私は懸命に投げキッスを送ったがそのせいかセグロ君、どんどん遠ざかっていってしまった。アカアシ君も30分ほどして腹が膨れたのかしばらくして船から離れていった。小笠原航路ではアカアシアオツラカツオドリがこうして船についてくることは時々あるらしいのだが、良く聞く話は幼鳥で今回のように成鳥が来るのはなかなかないんじゃないかと思う。なんにしても、おいしい思いをしたワイ。へっへっへ。しかしこの旅はこれで終わりではなかった。

 10日。5時に甲板に出る。既に伊豆七島の青ヶ島の沖らしい。オナガミズナギが再びオオミズナギに変わっててなんか寂しい。世界的にはオオミズナギのほうが珍鳥なんだけどね・・・。八丈島沖で鳥が増えてきて、ハジロミズナギ2、シロハラミズナギ2が見られた。もう本州も近いし、何も出ないだろうとみんなが油断した時、目の前を黒いちっこいミズナギが横切った。「あっ!」「コミズナギだ!」Mさんが叫ぶ。うわー、コミズナギ。適当な名前の割には大珍鳥のコミズナギ。異常に飛行のスピードが速い。もう行ってしまった。速いよ・・・。甘くて切ない初めての出会いでした・・・。(何がや?)これで今回の珍鳥は終わりとなった。正直言ってここまで沢山いろんな鳥が見れるとは思わなかった。「小笠原 鳥を見るなら 9月かな」(センスなーい。)
鳥だより・目次     TOP