定説の再考を願う

 野鳥の習性については、我々人間にとって何とも理解し難い部分が少なくない。特に渡りの習性の中にそれがみられる。従って鳥の習性については若い研究者の中からあれこれ多くの仮説が打ち出されるが、程もなくそれと相矛盾する要素が現れて否定されるのが通常である。しかし、中にはそれを否定すべきはっきりした根拠を見いだせぬまま定説化していく場合も少なくない。が、常識的に考えていささかおかしいと考えられるものについては、唯無批判にそれを受け入れるのではなく、尚積極的究明の努力を重ねることが望ましい。

 戦後、渡り鳥が夜間飛行をするに際して、星座を計測してその方向を定めるといった説が打ち出され、実験の結果として最近では定説化しているようであるが、私などには理解し難いところである。尚また身近なところでは、秋季我が国に渡来するツグミは夜間日本海を一気に横断して富山、石川海岸に上陸するとの説が古来長く信じられ定説として受け入れられていたが、最近ではそれすらも否定されている。定説としては先ずそのようなものと考えるにしくはない。

 ところでこの定説に関し最近の鳥界に面白い問題が提起されているので、皆さんと一緒に考えてみたい。それは夜間海上を照らす灯台の存在が、渡り鳥にとってプラスの存在かマイナスの存在か、即ち善玉か悪玉かといった論議である。夜間飛行中の渡り鳥が、途中濃霧や嵐に遭遇して方向を失った場合、灯台の光に眩惑されて衝突し大量に斃死する例は、古来世界各地に於いてみられる処であり、その有様は詳しく記録されている。その結果として、灯台の存在は渡り鳥にとって危険な存在、即ち悪玉と考える説がなかば定着し、それに対し敢えて疑問をいだくに到らなかった。

 ところが近年になって、長く灯台に勤務された九州小倉在住の野鳥研究家K氏より長年の資料をもとにその考え方は一方的で正しくない、灯台はむしろ渡り鳥にとってはプラスの存在であるとの説が堤起せられるに到った。氏は最近の兵庫野鳥の会の会紙「鳥と自然」五〇号の中でこの問題を取り上げて発表されている。もっともその内客は、NHKによって行われた豊後水道水の子灯台の渡り鳥遭難の実況放映についての意見であるが、この事柄の大要は、『NHKの行った渡り鳥の灯台に於ける遭難実況の放映は自然に起こった現象ではない。当日は本来の灯台の元より殊更に強力な人工照明を上空に向けて照射(これは撮影の必要上からか?)したためそれに眩惑された鳥が多数灯台にぶつかり、ヤブサメだけでも八十二羽が弊死した。これは自然に起こった現象ではなくいうなれば「やらせ」の映像である。それを灯台に於いて常に起こっている鳥達の悲劇である如くドラマチックに放映するのは世人をあざむくものである』との半ば抗議の文面になっている。それは当然であって、灯台善玉説の主唱者でなくともその気持ちは理解できる。

 ところで、ここで私共として必要なことは、この水の子灯台に於ける事件と関係なく、灯台そのものを一方的に悪玉と考えるこれまでの定説に対する再考ではなかろうか。私としては常々むしろ七・三の割で善玉と考えている。その理由を簡単に述べてみたい。

 一、渡り鳥が灯台に当たって弊死するのは前述の如く濃霧や嵐にまき込まれて方角を見失った場合に限られている。

 一、海上で視界をとざされた場合、明りを求めて集まるのは身を守る手段であり、鳥ならずとも当然の行動である。さもなければ果てしない洋上にさまよい出るか、海中に突入する危険がある。
 かつて進路を変えた台風の急襲にあって青函連絡船洞爺丸が遭難した事件があった。その折、帰港を急ぐ漁船の灯をしたって数百羽のキビタキが飛来して船の回りを飛び始めたその時、船長はは船の全灯を点じてこれらのキビタキを誘導し港まで無事送り届けたという美談がある。

 一、灯台に当たって弊死するのは鳥群の一部であって灯台の元が林などである場合には大部分はそこに避難しうる。事実、嵐の翌朝などには灯台の周辺で沢山の波り鳥がみられると記録されている。

 一、これは私の想像に過ぎないが、灯台に当たって弊死するものばかりでなく、むしろ灯台の周りを飛翔中疲労こんばいの上、下に落ちて死ぬものも少なくないのではと考えられる。これを助けるためには灯台そのものに単なる止まり木をつけるより元の暗い灯台の周辺部に街路灯のようなものを取りつけることがより有効と考えられる。

 以上は、「灯台と渡り鳥」についての単なる私の私見であるが、皆さんは如何考えられるだろうか。要は唯に仮説のみならず、定説とされているものの中にも随分と再考を要する部分があるのではないか、それを取り上げて新しい角度から見直してみることは、野鳥研究の上での単なる新しい興味であるばかりでなく、この国の鳥学向上に資することであり、同時にまた自然保護、野鳥保護を考える上で何より役立つものと考えられる。皆さんの御再考を期待して止まない。

昭和61年『三光鳥』第33号


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