京都野鳥の会/《会員による海外探鳥記》

鳥の宝庫、コスタリカへの旅  磯江幸子・幸彦

 私たちはここ数年、「鳥を見る、自然を観る、地球を診る」旅を続けている。今までは、北米を拠点にしてひとっ飛びし、南米各地(ブラジルのパンタナール大湿原、エクアドルのアンデス雲霧林とアマゾン源流のナポ川流域、オリノコ川沖合に位置する小国、トリニダード島)を訪れ、熱帯地方での代表的な野鳥に出会ってきた。しかし今回は、より近い中米コスタリカへの二週間の旅を計画した。
 クリストファー・コロンブスが1502年に四回目の航海で発見したコスタリカは、海岸沿いのマングローブ林から低地熱帯林、熱帯雨林、山地熱帯雨林、山地雲霧林まで、非常に変化に富んだ自然に恵まれている。850種におよぶ野鳥、550種におよぶ蝶、さらに多くの珍しい動植物が見られる豊かな国で、今、世界的なエコツアーのメッカとして脚光を浴びている。
 国内に多数ある保護区のうち、異なった生態系をもつ次の三ケ所を探鳥地として選んだ。太平洋岸に近いカララ保護区、カリブ海スロープに位置するラ・セルバ生物保護区、高地中央部のモンテベルデおよびサンタエレナ保護区である。
 雪のちらつく2月20日に、関西空港を出発。太陽いっぱいの北米アリゾナ州ツーソンに一ヶ月滞在後、3月19日朝、バージニア州から合流した娘と三人で、テキサス州ダラス・フォートワース経由でコスタリカの首都サンホセへ到着した。機内は北米からの観光客がほとんどで、飛行時間はわずか四時間。時差で疲れることもなかった。空港からシャトルバスで五分のホテルに着き、明朝、最初の探鳥地カララへ向かうため早々に就寝した。

20日、快晴。
 遠くでオナガムクドリモドキの賑やかな鳴き声が聞こえる。元農園だったというホテルの周辺は、ハイビスカス、ブーゲンビリア、アザレア等の花々が咲き乱れ、心地よい風が吹く。8時半に三泊する「ヴィラ・ラパス」からのタクシーが迎えに来る。ここから西へ大平洋岸に向かうのだが、目的地まで約二時間とのこと。サンホセ市内を通過する時は少し渋滞したが、あとはスムーズに進んだ。熱帯性気候に育つ様々のヤシの木、火炎木の朱紅の花、八重桜を思わす手毬状の桃色の花が大木に咲きそろい、心がなごむ思い。緑に覆われたゆるやかな丘陵は、中米のスイスとも言われる由縁だ。村に入ると、スイカ、マンゴ、パパイヤ、ミカン、ヤシの実などが道ばたにどっさり並べて売ってあり、立ち止まってみたい気持ちにそそられる。いくつかの山を裾から山上へ、川を横切ったりカーブしながら登り、また下って村に出る。山の斜面にはコーヒーノキ(高さ2、3メートル)が植えられ、バナナもたわわに実っている。どの家も門や垣根に、こんな色もあったのかと思うカラフルな彩りのブーゲンビリアやハイビスカスを植えている。ロッジ「ヴィラ・ラパス(ラパスはスペイン語で大型インコの総称)」に近づいた時、タルコレス川橋の右手前方に数羽のベニヘラサギが、忙し気に、杓子状の嘴を左右に動かしながら採餌している。まもなく、樹木が鬱蒼と茂るカララ生物保護区の森を通り過ぎ、大木のセイバやスラの緑陰に建てられたロッジに到着する。フロントでフレッシュなトロピカルジュースを差し出されて喉を潤し、チェックイン。プールで泳ぐ人、木陰で読書する人、ハンモックで仮眠する人に目をやりながら部屋へ入った。驚いたことに、洗面所のタオル類、おまけにトイレの回りまで、色鮮やかな野生のランがあふれるばかりに飾られ、オーナーの歓迎ぶりがうかがえた。
 戸外のベンチに座って見渡すと、手前は一面芝生、その向こうにトレール、さらに幅30メートルのタルコリトス川が流れ、川向こうには緩い傾斜の山が迫っている。
 南米でもお馴染みのキバラオオタイランチョウが、声高に「キス・カ・ディー」と叫ぶ。ソライロフウキンチョウとヤシフウキンチョウが勢いよくヤシの葉蔭へ飛び込む。コスタリカキビタイシマセゲラが静けさを破って連打している。
 とりあえず昼食をとってから行動しようと、広々としたダイニングルームへ。陽気でリズミカルなカリブ音楽を聴きながら、トロピカル料理を味わった。
 突然、トカゲの仲間のイグアナが川っぷちの石の上に出現。灰褐色で小型の恐竜にそっくり。体長も5、60センチ。頭をもたげてまるで置き物のごとく静止している。インカバトが芝生で餌探しに忙しい。上羽が眩いばかりのルリ色をした大型モルフォチョウが飛んでいる。姿は実に見事であるが、止まって羽根を閉じると、茶色と黒の目玉模様で、意外な地味さに驚いた。

21日。
 六時半からの早朝バーディングに参加する。ガイドは現地の青年、ロジャーさん。新鮮な空気を吸いながら、ロッジの入口周辺から始まる。セミの鳴き声と鳥のさえずりのなか、バフムジツグミが道ばたでツグミ独特の所作で採餌している。枝にはキイロアメリカムシクイ、ボルチモアムクドリモドキ、ワキチャアメリカムシクイがいる。イエミソサザイの澄んだ声が聞こえてくる。一瞬、空には三羽のコンゴウインコが、「クァッ、クァッ」と大声を出して朝のご出勤。リスカッコウが重そうにドサッ、ドサッと枝を揺らしながら渡っていく。チャイロカケスも長い尾を不格好にひきずりながら、木々を飛び移る。
 朝食後、8時にカララ生物保護区(車で5分)へ移動する。「ここは熱帯乾燥林から熱帯雨林への移行地帯にあたるので、野鳥や植物の多様性に富んでいる」とロジャーさんから説明を受ける。幅広いトレールで、高い樹木からの木漏れ陽が足もとに届く。かつてトリニダードで見たシマアリモズととてもよく似た調子の「コッ、コッ、コッ」が聞こえてくる。真っ黒な体、横羽に白点の帯があるシロホシクロアリモズだった。ガイドが指さすところに、薄茶色の頭でっかちな鳥がフライキャッチをしては、元の枝に戻る。口に細い巣材をくわえているところをみると、巣作りも間近なのだろう。クレスト(冠毛)をもったオオギタイラインチョウの雄だ。メスが近づいた時や縄張りに侵入者を見つけた時に、ヤツガシラのように、そのクレストを広げるらしい。それは、赤朱色の地に黒点、赤紫のふちどりをした見事な扇子状だそうだが、この時は閉じたままで残念だった。
 一時間余りで、タルコレス川の岸にやっとたどり着く。頭上の木には大型ヒロハシサギが数羽。ボートのような分厚い嘴をもち、暑さのせいで口を半分開けたまま私たちをじっと見つめている。川へ突き出した太い枝に巣が数カ所あり、中には、二、三羽の幼鳥も育っている。対岸にいるアカハシリュウキュウガモ、ヘビウ、トラフサギを素早く双眼鏡に入れて、そっと立ち去った。ここが折り返し点で来た道を戻る。上空にはクロコンドル、ヒメコンドルがゆっくり旋回している。また途中では、ハイイロタカ、カラカラが頭上を横切った。餌の果実を取りに行くイグアナの木登りはとても素早い。ヘリコニア(バショウ科)の赤や黄で彩られた苞が美しい。胸が錆び色のセアカマユミソサザイが倒木の陰で見え隠れする。ケアシスズメバトが低木の下に。ソライロアルキバトも枝の上で休憩中。ハリオセアオマイコドリと亜種のオレンジマイコドリは、ここカララでは空振りに終わった。まるで人間の翁のような顔をしたシロカオザルが、枝の股に腰かけて果実をむさぼり食べている。かと思えば、ハナグマがスルスルと高木を上っていく。お腹が黄色くて冠羽をもった小型のオリーブヒタキモドキも現れる。正午近くともなると陽射しもより強くなってきた。解散時、同行していたアメリカ人が「アレナル火山の噴火を見に行くのもいいですよ」と勧めてくれた。
 昼食を済ませ少し休憩した後、ロッジのトレール(一時間コースと三時間コースがある)を歩くことにする。曇りかげんなので雨具を用意して出る。入口あたりで、バフムジツグミが川辺の草むらにいた。やっと一人が通れるほどの細いトレールで標識を頼りに進む。キヌバネドリが遠くで「クワッ、クワッ」と鳴いている。ユミハシハチドリが目前を素早く飛んで、枝の前でホバリングし、一瞬、枝に止まったかと思うと、すぐに飛んでいく。予想どおり雨が降り始め、次第に強くなってきたので、短いコースに変更して戻る。トレールを出る頃になると青空ものぞき、ロッジ周辺をぶらつく。キメジロハエトリが雨後に飛び出した虫を獲っては元の枝に戻る。数多いキバラオオタイランチョウもしきりに、巣作りの材料を口にくわえて、電柱のトランスの横に作りかけている巣に運んでいる。ミソサザイで最大のアカエリサボテンミソサザイ(うなじが茶褐色、白い媚、胸から腹にかけて真っ白)がヤシの繊維をくわえて巨木セイバの根元で動いている。「あれもキバラオオタイランチョウやね」「いいや、嘴をよく見て…」なるほど嘴が分厚くて、背中は少しオリーブ色がかっている。オオハシタイランチョウだ。よく現れるアカボウシヒタキモドキのアカボウシの意味が身体の特徴からはわかりにくかったが、実は、黄色の頭の中に隠している赤色のクラウンパッチが、パッと開く瞬間を三人が同時に見届け、やっとその意味がわかった。冠羽がバサバサに立ち上がった腹部の黄色いキバラシラギクタイランチョウもいた。

22日、快晴。
 今朝はガイド抜きで、カララ生物保護区へもう一度行くことにした。トレールに入ってまもなく、世界的にも有名な鳥専門のツアー会社、ビクター・エマニュエルの一行と出会う。この辺に、オレンジ色をしたシロクロマイコドリの亜種の求愛場(レック)があり、「パチッ、パチッ」と雄が羽をすり合わせる時に出す独特の音が聞こえるというので、皆で待機するが姿は見えず。オオギタイランチョウ、キノドオニキバシリ、チビオニキバシリなどに再び出くわした。
 この日特筆したいのは、それほど密でない粗林で三種のキヌバネドリと念願のオレンジ色のマイコドリを近くでじっくり見たことだ。二種のキヌバネドリについては、どちらも胸から腹部にかけて黄色。違いといえば、頭が黒いのがズグロキヌバネドリ。胸の上部から頭にかけて緑色、喉の部分が黒いのがミドリキヌバネドリである。これらは中米特有のキヌバネドリである。もう一種は、頭が濃い青色のヒメキヌバネドリで、中米だけでなく南米にも広く生息する。実際、エクアドルで泊ったことのあるロッジ「ラ・セルバ」で見かけたことがある。「ヒューヒューヒュー」、または「キューキューキュー」と、口笛を吹くように遠くまでよく通る声で、一秒おきぐらいに続けて二回、ないしは五回鳴く。鳴いているのに出会えば見つけるのはたやすい。しかし一般に、あまり高くない横枝や蔓に、前かがみに、さえずりもなく静かに座っている時に見つけるのはかなり難しい。
 「あっ、出た!」との叫び声に振り向くと、目線よりも少し高いところに、胸から頭にかけて輝くようなオレンジ色、腹部は黄金色、横羽は黒いオレンジ色のマイコドリが顔を出した。あっという間だったが、目の奥にしっかりと姿を焼きつけておいた。「どうしてこんな時にかぎって、カメラを持って来なかったのか!」と、悔やむことしきりの主人だった。
 午後、シャワーがあって二時間ほど足止めされる。日差しが戻ると同時に、ロッジ周辺の探鳥を始めた。タルコリトス川には、水生昆虫が多いせいか、それを狙うアメリカイソシギやキタミズツグミが、小石の上をせわしげに歩いている。オビナシショウドウツバメが水面を飛び交い、腹部を一瞬水につける。上流から七羽のシロトキが一斉に飛んできて、目前で着地したのは圧巻だった。紅色の嘴を少し横に向け、岩の下に潜む虫を盛んに引っ張り出しては食べている。たまたま、獲り損ねるのを横取りしようと待ち構えている厚かましいユキコサギも一緒だ。抜き足差し足で獲物を探すヒメアカクロサギ。ミドリカワセミは川面を低く飛び、中州の石や川に突き出した枝に止まって獲物を狙っている。一方、胸から腹部が赤茶、首に白い輪、頭と背は青みがかった灰色のクビワヤマセミは、中南米で最大だ。水面から数メートルのところを上流から下流へ、下流から上流へと、真っ直ぐに豪快な飛翔を見せる。その鋭い鳴き声は、まるで自転車の急ブレーキの音そのものだ。
 対岸の森の斜面も、セクロピア(後述)をはじめ熱帯性特有の植物が生い茂り、かなりの鳥が見れる。手前の人工林との間を行き来するキバラオオタイランチョウ、ソライロフウキンチョウ、ヤシフウキンチョウ。北米では滅多に見れないバラノドカザリドリモドキのペア、ハチドリモドキ、サカツラハグロドリなどだった。
 夕食はビュッフェ・スタイル。大勢の客で賑やかだ。外は満天の星が輝く。闇の芝生で蛍が一筋の光を放った。
23日、続いて快晴。
 カララ滞在最終日。一昨日の夕方、雨で引き返したトレールへ行くため、入口で長靴に履き替えているところへ、ロジャーさんが追いかけてきた。「いい案があるんだけど…」と言う。「何?」「車ですぐなんだけど、タルコレスの町を通り抜けて、太平洋岸沿いのアズルかプラヤ(地名)へ行きませんか?マングローブ地帯もあって、鳥がたくさん見れるんだけど」。穴場に案内するがどうかということだ。トレールよりもプロダクティブならその方がいいだろうとOK。車に乗り込む前、日中はなかなか姿を見せなかったアカスズメフクロウが朝日を浴びて気持ち良さそうだ。ロジャーさんと運転手は、顔見知りの人が多いのか、「やぁ、やぁ」と声をかけながら村を通り抜ける。窓から、穂先に止まるシロエリヒメウソを、土手にはルリイカルを、また上空にカラカラを見た。やがて草原や果樹園が広がる場所で下車。四方八方見渡すと、様々な鳥の鳴き声の中に、ワライハヤブサの独特の笑い声が聞きとれる。以前、エクアドルのミンドの森(アンデスの西側)で、ヤシの木に止まる姿を十分に見たことはあるが、鳴き声は初めてでとても幸運であった。少し離れた所に、ヒメハイタカが枝に座っていた。頭上では、アオマユハチクイモドキが、例の長いワイヤー状の飾り羽を振って飛ぶ。花に一瞬静止するセイガイハチドリやルリオエメラルドハチドリも目に止まる。双眼鏡をフルに活躍させてとらえたものは、リスカッコウ、メキシコシロガシラインコ、ボウシインコ、メキシコインコ、ミドリインコたちだ。
 次第に道の両脇が湿地帯になり、マングローブ林も見られる。泥田の牛の群れにアマサギがつきまとい、手前の沼地ではアメリカレンカクやキアシシギもいる。根が盛り上がり絡まっているマングローブ林の中をロジャーさんが指差し、「あれを見て!あれ、あれ!」。朝の光を受けて一際美しく輝くゴシキノジコとアメリカコミドリヤマセミは、忘れられない彩りだった。短時間だったが、思いのほか収穫の多いスポットだった。
 午前十時半、チェックアウト。タクシーでいったん首都サンホセに立ち寄り昼食を済ませた。ここで迎えのタクシーに乗り換え、第二の探鳥地「ラ・セルバ」へ直行した。途中、街路樹に混じって紫色の花をつけたジャカランダの大木が目立つ。夕方四時半ごろ到着。
 「ラ・セルバ」は、熱帯雨林の中に国際的な熱帯研究機関(Organization of Tropical Study=OTS)が併設された生物保護区で、一般の探鳥者にも開放されている。入口辺りの様子では、どこに熱帯雨林があるのだろうと不思議に思うほど、開けた明るい場所である。「BIEN BENIDOS OET」(Welcome OTS)の標識があるゲートを通って、事務所で四日間の滞在手続きを済ませた。
 ちょうどその時、すぐ横の大木に大型の鳥がいる。なんと、オグロキヌバネドリだ。頭、胸、背中が緑色、胸から腹部までが赤、顔と喉が黒、尾羽がスレート(黒がかった灰色)、嘴とアイリングがオレンジ色である。大きな身体で、飛びながら実をちぎって食べている。「凄い、すごーい」。二、三分間だったが、思いがけない光景に興奮して、移動日の疲れも吹っ飛んだ。
 家族用の宿舎に入り、落ち着いた。天井に大きな扇風機。網戸窓が二面に、木製の二段ベッドが二つとクローゼットと、いたって簡素ではあるが、しっかりした造りだ。事務所の横にある広い食堂で夕食をとる。研究者や学生たちが歓談しながら食事中。決して贅沢とは言えないが、若い人たちにとって、充分に行き届いた栄養あるメニューである。
24日、快晴。
 スペイン語で「ジャングル」を意味する「ラ・セルバ」は、広大な低地熱帯雨林地域にもっとも入りやすい場所である。腹部が灰色がかり、背は茶色のネッタイモリタイランチョウが芝生に降りて虫を獲り、枝に戻る。キバラオオタイランチョウも大声を出して活動している。着生植物ブロメリア(パイナップル科)の根元で、キボウシスミレフウキンチョウがペアでウロウロしているのは、巣場所を検討中なのだろうか。目にも鮮やかなコシアカフウキンチョウが、ソライロフウキンチョウに負けじとばかり、飛び回っている。ニッケイカザリドリモドキも、地上五、六メートルの樹上で巣作りを始めている。身体は小さいが腹部とアイリングが黄色、嘴が比較的長いハシナガタイランチョウが、巣作り材料を頻繁に運んで来て、巣の横穴から目に止まらぬ速さで、スポッと入ると、巣がブルブルッと震える。
 少し離れたところに目をやると、一本のセクロピアがあり、いくつかの穴が開いている。地上六メートルぐらいのところにある穴には、ホオグロミヤビゲラの雄雌が交互にやってきて、共同で木くずを外に掘り出す作業に余念がない。ところが、彼らも採餌のため、交代でなく同時に飛び立つ時もある。そのスキを狙って、ズグロハグロドリの雌が「あなたのお家をちょっと拝見。居心地が良ければ拝借したいわ」と、すかさずやって来る。この様子をどこから見ていたのか、ミヤビゲラの雌が「あなた、何してんのよ」と言わんばかりに慌てて戻って来る。ハグロドリはやむを得ず退散。ミヤビゲラの雄も続いて、「どうしたんだ?」とばかりに帰って来る。「留守をしっかり頼みますよ」と言い残して、素早く交代する。一方、ズグロハグロドリの雄は、その穴よりさらに三メートルほど高い横に出た枝で、巣作りの材料と思われる枯葉をくわえて、「早くマイホームを決めてくれよ」とウロウロしている。雌は諦めて上部の穴に移って、「どれにしようか」と物色中。上へ行くほど幹が細くなって、自分たちの身体に合わない場合もあるのか、なかなか決断しがたいようだ。何とか条件に合ったのか、巣を決めたようだ。このようにして、彼らの巣をめぐる争奪戦は一件落着した。どうやら軍配は、本来自分の掘った穴の持ち主に上がったようである。
 午前八時、ガイドのホエルさんとラ・セルバ保護区の観察に出発。キリハシが来るという学習館あたりに行くが、姿はない。頭上の茂みの中に、大型のカンムリシャケイ(身体がオリーブ色がかった茶色、モジャモジャした冠羽、赤い喉袋)が二羽と、サンショクキムネオオハシを見る。いずれも、枝から枝へと始終移るので、双眼鏡に入れにくい。プエトロ・ヴィエホ川を渡る手前で、澄みきった大きな声で鳴く鳥がいる。アリミソサザイとのこと。ホエルさんが招き出そうと口笛を吹くと、ミソサザイは仲間かと思って呼応する。ミソサザイと彼が、何度も調子の合った対話を続ける。どちらが鳥だか人だか、わからないほどの上手さである。草むらが少し動いたが、「あんたにはもうかなわん。やる気せんわ」と思ったのか、結局姿を見せなかった。鉄のつり橋を渡る途中で、ジャノメドリがよく甲ら干しをしているという話だったが、残念ながらいなかった。川に突き出した枝に、ミドリカワセミがいる。橋を渡りきると、あちこちに研究棟や学生寮がある。数頭のハナグマが落ちた果実を食べている。
 熱帯雨林の森へ入ると、空気は少しじめっとして辺りは薄暗い。2、30メートルの密生した多様な樹木が生い茂り、バショウ科、ヤシ科、ツル性の植物は少しわかるが、他の植物はほとんど名前がわからない。ましてや、鳥の大好きな実をつけるイチジク類の木などは、なおさらわからない。見上げる巨木の葉は互いに重なりあって、隙間から青空がほんの少し覗く。太い幹や枝に桃色の大きな花をつけたブロメリアの仲間、ラン、コケ類、その他の植物がぎっしりと着生している。野鳥や動物が好むセクロピア(クア科、手を大きく広げたような形の葉で、裏は白っぽい)は、その特徴からわかりやすい。根元に板のような根(板根)を張り出しているセイバ(キワタ科、カポックとも呼ばれ、マヤ族の神聖な木とされている)の大きさ、高さには圧倒される。ブラジルのパンタナール大湿原で見た“絞め殺しの木”もある。
 説明によると、鳥やサルたちが、糞と一緒にシメゴロシイチジクの種をヤシの木の枝に落とすと、それが芽生え成長し、ヤシの幹にまといつきながら、たくさんのツルを下へ下へと伸ばして成長していく。遂には幹をすっかり包んでしまい、地面にたどりついて根を張る。絞めつけられたヤシの木は枯死してしまうというのである。熾烈な生存競争だ。
 落ち葉の重なる足元で、「チッ、チッ、チッ」と虫の鳴き声がする。おもむろに葉をめくると、下から、赤いカエルが飛び跳ねた。体長二センチのイチゴヤドクカエルで、有毒なので触ると危ないそうだ。
 空が少し見える狭い空間を、ホエルさんが指差す。嘴が分厚く、プクッと膨れた鳥で、身体は白と黒のツートンカラー。樹冠部で行動するため滅多に見られないシロエリオオガシラのペアだ。大型昆虫を狙い、小さいトカゲなら枝に叩きつけて食べるそうだ。遥か遠い位置にいる鳥を、瞬時に見つける彼の観察眼の鋭さに感心した。
 「ほら、あれがキモモマイコドリだよ」「えっ、あれが?」どう見ても赤帽子をかぶっていないし、全身が緑色がかっていて、どうも信じられない。説明によると、雄の幼鳥だそうだ。
 少し進んで、小川にかかる橋で立ち止まる。覆いかぶさる葉の中で、コビトタイランチョウを見た。体長はわずか六・五センチ。黒帽子をかぶり、尾がとても短く、白いアイリングをもつ。巣作りの真っ最中だ。枝にぶら下がる小さな巣へ入ったり出たりの大忙し。舗装されたトレールが奥深くまで整備され、とても歩きやすい。
 頭上から落ちたタマリン(サルの一種)の糞に注意しながら、先へ進む。クビワイノシシの子連れが、右に延びるトレールを横切った。林縁部の明るい農園へ出たり、川沿いの崖っぷちを通ったりの三時間だったが、広大で薄暗い森での野鳥観察が、いかに難しいかを痛感した。
 コスタリカで見たかった鳥のひとつは、マイコドリである。カララでは偶然にも、トレール脇でシロクロマイコドリの亜種であるオレンジ色のマイコドリの姿を見たが、レック(求愛場)での求愛行動を見ることはできなかった。ところが、ここラ・セルバに泊った初日から、宿舎の裏手で気がかりな音がよく聞こえていたのだ。午後は、「パチン、パチン、パチッ」という音の方へ足を踏み入れることにした。縦50メートル、横2、30メートルの、比較的小さな森がある。その中ほどに、森を二分する小道がある。「パチン、パチン」の羽音がますます大きくなってくる。木の隙間から腰をかがめて眼を凝らしてみた。頭は黒、喉から首は真っ白、首から下は腹部までが淡い黄色、背中は黒味がかった茶色、お尻のあたりはオリーブ色、足はオレンジ色のシロエリマイコドリであった。色は違えど、姿・形はどのマイコドリも共通だ。レックには細い立ち木が数本あり、地上一、二メートルのところを、雄が「パチン、パチン」と羽根を鳴らしながら、細木の間を斜めに上がったり降りたり、激しく飛び交う。これがいわゆるマイコドリの求愛ダンスで、その名前の由縁である。複数の雄が一生懸命踊るのを、オリーブ色の雌がそばでじっと見つめている。つまりは、相手の品定めをしているのである。トリニダードで見たシロクロマイコドリとまったく同じ行動パターンであるが、今回は、雄と雌を同時に見ることができたのは幸運だった。「パチン、パチン」の羽音の合間に、「ブーン」という羽音や「ミュー、ミュー」という声も聞きとれた。
 余談になるが、このシロエリマイコドリをおびき寄せようと、最初のうちは両手を叩いて張りのある「パチン、パチン」を真似ていたのだが、それも度を越すと手の平が赤くなって痛くなるばかり。そのうち、主人が何やら思いついて叫んだ。「あっ、あれや!」何かと思えば、カメラ・バッグからポリの緩衝材を出して、指先でその膨らみをひとつずつつぶし始めた。その音はまさに、マイコドリの「パチン、パチン」そのものだったのである。けれども、そのことに気づいたのはラ・セルバを発つ前日で、何ともトゥー・レイト。ただ、本人はその発見に大満足で、以来、緩衝材をポケットに忍ばせ、バーダーに会うたびにその音を披露し、「パーフェクトだね」と誉められて気分を良くしていた。
25日。
 真夜中から大雨が降り始め、屋根に落ちる雨音のすごさに眠りを妨げられる。朝九時半ごろ、曇り空を眺めながらロッジ周辺で観察する。食堂の横に、丈が一メートル余りのヴァーヴァイン(クマツヅラの一種で、茎はまっすぐに伸び、十数センチ間隔で茎の回りに数個の紫色の小花をつける)が、垣根風に植えられている。蝶やハチドリが大好きな花で、絶えずやって来るのはハイバラエメラルドハチドリ。羽を始終動かしながら蜜を吸い、すぐ隣の花へと止まることなく飛び回る。今にも衝突するような速さで仲間とすれ違う。あれほど動けば体力の消耗も激しいだろう。眼の横に白点のあるスミレガシラハチドリが、たまにやって来る。滞在中にたった一度見れたのは、クロツノユウジョハチドリの雌だった。腰に白いバンド、腹部に斑点があるハチドリだ。体長十センチのマミジロミツドリもヴァーヴァインのお得意さまだ。根元の芝生では、イエミソサザイがよく現れた。
 事務所の横の鳥たちがよく集まる木に、ユキカザリドリ、ワキチャアメリカムシクイ、サカツラハグロドリ、ニッケイカザリドリモドキ、キガシラフウキンチョウがやって来る。少し遠くの葉をつけない大木に、嘴が虹のように美しい大型のサンショクキムネオオハシが八羽も集まっている。一羽がもう一羽を追い、追われた一羽がまた別の一羽に近づく。まるで、木の上で鬼ごっこをしているようだ。大きな長い嘴でお腹を幹にすりつけるようにしながら木を登っていく。そこへ、黄色い尾に栗色の身体をした大型のオオツリスドリが、彼らの様子をうかがいに来る。カラフルな鳥の花が咲いた感じだ。
 昼食後、スタッフの一人、ルースさんが「植物園にオオタチヨタカがいるから、見に行くといいわ」と勧めてくれたので、早速、出かけてみた。緩いスロープのトレールを登ったところで、小さい頭、細い首、尾羽の短い肥満型のオオシギダチョウがトボトボと歩いているのに出くわした。教えてもらった「8」の字型のトレールに辿り着き、高い枯れ木を探すがなかなか見つからない。向こう側のトレールに回ったり、下草を掻き分けて林の中に入ったり、右往左往した。「この木のはずなのになぁ…」と見当はついたが、三十メートル余りのてっぺんを望める場所がない。灰色の空を背景に、何かがいるようないないような。首がだるくなって半ば諦めかけていた矢先、鳥らしきものがぐるっと大きく左羽を広げた瞬間を見届けて、「やっぱりアレだ!」。擬態上手なヨタカにまんまと騙されるところだった。夜の活動に備えて充電中なのだろうか。あわよくば、梢に扮する自分に獲物が来ればと待機しているようだった。
 擬態といえば、エクアドルのラ・セルバでのことである。ボートに乗って森を観察していた時、梢に置物のように静止しているハイイロタチヨタカを、ガイドのオルガさんが見つけてくれた。何度も何度もその場所を説明してくれるのだが、一向に鳥と枝の見分けがつかない。主人に絵を描いてもらって、随分てこずらせたことを思い出した。
26日。
 熱帯雨林の名にたがわず、夜通し、うんざりするほど雨が降る。すごい雨量と思うのだが、横手のプエトロ・ヴィエホ川の水は全然濁らずに、清流そのものだ。保水力の大きい多様な植物によるものと思われる。小止みになってから戸外で観察していると、前述のルースさんが「実験棟の裏手にある(台所から出る)ごみ捨て場に、オオハチクイモドキがやって来るのよ。残飯に集まる昆虫や蝶を狙ってね」。薄暗い森を通り抜け、点在する実験棟のうち、このあたりかと思われる場所の裏側に回った。ポンチョを着ているので身体が汗ばむ。建物のひさしに入って待つこと十分余り。と突然、右手からサッと待ち鳥が飛来し、林の枝に止まった。少し下に曲がった嘴、頭から胸が錆色、背と横羽は青みがかった緑色で、がっちりした体格である。体長は四十六センチ。ハチクイモドキ類の特徴は、長い尾羽の先端に、ラケット状になった二本の細長い飾り羽をつけていることである。一度見ると、決して忘れられない姿のひとつだ。もう一羽いるような気配がして息を凝らして見ていると、その少し奥に雌が動いた。
 雲が早く流れて、次第に空が明るくなってきた。二羽のクロシャクケイが頭上を飛んだ。保護区の入口を出て、民家へ向かう一本の道の両側にも鳥が多いと聞いた。事務所周辺で写真を撮っていた主人を残して、二人で行ってみた。ヘリコニアの鮮やかな色に誘われて、ハチドリが来る。よく響き渡る甲高い声で、キノドオニキバシリが幹を這い上がっていく。樹冠部からオオツリスドリの鳴き声が聞こえる。水中で息を吐き出す時の「ボコッ、ボコッ、ボコッ」の音にそっくり。鳴きながら、お辞儀をするように身体を前かがみに倒す。それが、ラブコールなのか威嚇なのか…。とても風変わりな動作をする。草原では、灰色の頭に黒い縞があるクロスジオリーブシトド(スズメの一種)が枯草の実を食べている。深紅と黒の身体で、分厚い白みがかった嘴のベニエリフウキンチョウ。真っ黒い身体に腰の部分が深紅のコシアカフウキンチョウ。身体全体が深紅で、白っぽい嘴のナツフウキンチョウ。これらは共通して鮮烈な赤系統の鳥で、見つけやすいのはもちろんだが、元気の出る魅力的な鳥だ。
 熱帯雨林では、タイランチョウの仲間を多く見た。中でも、数も多く喧しく鳴くのは、キバラオオタイランチョウだ。嘴が鈎状、お尻が輝くような黄色のカギハシタイランチョウ。北米のアリゾナ州南西部でもよく見かけるキバラブチタイランチョウ。これと姿や色がまったく同じで区別はつけにくいが、ただ、腹部の黄色さが淡いブチタイランチョウ。灰色の帽子をかぶり、黄色い腹部、オリーブ色がかった背中のハイボウシヒタキモドキなどが、枝の葉ごしに、また梢にと動き回る。頭上の大木にシラガフタオタイランチョウが二羽いる。名前から想像できるように「シラガ」は頭からうなじにかけて、白髪色、腹、背、尾は黒色(尾羽までは十三センチ)、尾羽の先に二本のワイヤー状の飾り羽(十一センチぐらい)が、いわゆる「フタオ」で、合わせて「シラガフタオタイランチョウ」となるわけだ。特徴ある姿が、空を背景に影絵のように浮かんで見えた。
 電線に、白黒まだら模様でスズメ大の鳥を見つける。距離はほんの数メートル前後。調べると、三日前に熱帯雨林の奥深くで見たシロエリオオガシラよりひと回り小さいシロクロオオガシラとわかる。鳴きもせず、飛び立つ様子もなく止まっている。横にいる娘がトントンと肩をたたくので振り向くと、まん前のヤシの木の地上四、五メートルあたりに作られた大きなシロアリの巣を、嘴でせっせと掘っているもう一羽がいる。三分間ほど一心不乱に突っついては、電線に戻る。交代に一羽がさっとシロアリの巣に向かい、また一生懸命に掘る。尾羽で身体を支えながら掘りつづける様子は、キツツキそっくりの行動で、キツツキ目に属することがうなずける。娘が、「お父さん早く来て、早く来て…」とレシーバーで呼ぶ。四輪駆動車や自転車が通ろうが、カメラのシャッター音がしようが、いっこうに気にせず、雄と雌が交代に盛んに掘っている。「このオオガシラはシロアリの巣に営巣すると、以前、本で読んだことがある」と主人から聞き、変わった習性があることを知った。シロアリの巣は指で押し潰せるほど、そんなに硬いものではないそうだ。鳥の世界でも協調精神が欠かせないことを見せつけられた。
 保護区へ自然観察に訪れるグループに付き添って、ガイド見習中と思われる十二、三歳のの少年をよく見かけたが、その彼が仕事を終えて、村へ帰るのに出くわした。双眼鏡で鳥を見ていた時だったので、鳥の名前を知らずと思ってか、自転車を止めて、片言の英語で親切に説明してくれた。将来、バードガイドとして生計を立てることを目指して、こんなに小さい頃から懸命に実地練習をするのは、鳥の宝庫であるコスタリカならではのことなんだろうと思った。
27日。
 二日続きの大雨も上がり、快晴。戸外へ出て、深呼吸し青空を仰ぐ。三羽のクロコンドルが梢に横並び、朝の太陽に向けて両羽を全開し、濡れた身体を乾かしている。「カワウそっくりの格好をするんやね」と笑ってしまった。
 午後には首都サンホセへ戻る予定。持ち時間が短いためロッジ周辺で観察したが、目新しい鳥には会えなかった。しかし、奇妙で貴重なイグアナを見ることができた。食堂の裏手を回った時、「今、建物から草むらの方にサッと走ったものがいる」と娘が言う。「あれっ、あれよ」「何なの?」みずみずしい黄緑の葉と見間違いそうな色をしたイグアナの一種、ミドリバシリスクを発見。熱帯雨林を歩いていると、褐色や少し緑がかった褐色のイグアナは、川沿いの木や石の上に何度か見かけたが、このような立派な背びれを持ち、鮮やかなエメラルド色(頭から尾の先までは七○、ないし八○センチもあろうか)をしたのは初めてだ。主人に知らせると、走って来て、「ほぉー、綺麗な色のイグアナやな。喉あたりの水色が一段と綺麗や」と、張り切ってシャッターを押し続けた。後日、文献で調べた結果、「イエス・キリスト・トカゲ」(イエス・キリストは水上を歩けたことが聖書に記されているため)とも呼ばれ、水上を秒速三十メートルで走ることができ、世界中でもっとも美しいトカゲのひとつだそうだ。注意深く見ると、背びれはないが、雄とまったく同じ模様の雌が少し奥にいることに気づいた。
 昼食を済ませ、一時半にサンホセのマリオットホテルに向けて出発し、三時半に到着。このホテルは三年前、コーヒー栽培のプランテーションだったという広大な土地に、十六世紀の植民地時代の建物をモデルにして建てられ、スペイン黄金時代の名残を思わす華やかな造りだ。ホテル内の壁は淡い卵色。そこへ、カトレアのように大きいものから繊細な小さいランまで、多種多様の熱帯植物と観葉植物が配置よく飾られている。燃えるような真紅の花のジンジャーが数本まとめて大きな花瓶に大胆に生けられている様は、いかにも情熱の国を感じた。瀟洒な部屋に落ち着き、先日来の汗を流してくつろいだ後、夕食へでかけた。バイキング料理やトロピカルフルーツが色彩豊かにテーブルに演出され、眼をみはるばかり。心身共にリフレッシュして就寝した。
28日、晴れ。
 今日から四日間は、旅の最後となるモンテベルデ生物保護区へ移動。モンテベルデで泊ることになっているモンタナ・ホテルから、運転手のノーマンさんが迎えに来てくれた。彼ご自慢の日産四輪駆動車九七年型に早速乗り込んだ。ここからホテルまで、北へ三時間半はかかるという。「往路の四分の三はインターアメリカン・ハイウエイで舗装されていい道だけど、残りはでこぼこ道なんですよ。まぁ、身体のマッサージだと思って辛抱してください」と、私たちの笑いを誘った。確かにハイウエイは快適そのもので、左右の景色もよく、時には居眠りもしたくなるほどだった。ガソリンスタンドで給油してしばらく走ると、道も登り坂になって、ラフな道に突入した。揺れるは揺れるは、胃袋が上下する思いだ。彼が気遣ってハンドルを回しているのがわかる。バードウォッチャー客であることを知ってか、運転中でも、鳥らしいものを見つけると車を止めてくれた。途中、ボルチモアムクドリモドキ、カンムリサンジャクと、二羽のヒメキヌバネドリがいた。蛍光色を帯びた青い帽子をかぶり、尾羽の先にさらに二本のラケット状の飾り羽をもつハチクイモドキが、この木にもあの枝にもといった調子で十羽も確認した。北米でも滅多に見られないエンビタイランチョウ(尾羽がツバメの尾のように分かれている)が、特徴ある姿で飛んで行った。
 山道へ入ると次第に傾斜もきつくなり、山側からは荒々しい岩石が突き出し、片方は切り立った崖。しかし、道幅が広いのと対向車がそう多くはないため、切迫した緊張感はない。海抜千二百メートルあたりの山頂へ来ると、遠くに真っ青なNIKOYA湾が望めた。晴れ渡った空、緑多い山々、それに入り江の水が相まって、そのコントラストが美しい。二十分余りこのような景色を愉しみながら、やがて少し下り坂になった。「サンタエレナへは左折」の標識を右折して、モンテベルデ村へ入った。道の両側にいくつものロッジが立ち並ぶ中、奥まったモンタナ・ホテルへ着いたのは十一時半を回っていた。各部屋は山の斜面に設けられ、裾野は牧場や果樹園へ続く見晴らしのよい場所だ。アガパンサス(ムラサキクンシラン)が長い茎に紫色の花をたくさんつけ、棚作りのブーゲンビリア、ランタナ、アフリカホウセンカ、ショウガ科の花々が咲き乱れている。標高が高いので、吹き抜ける風も涼しくさわやかだ。
 果樹園で、ミミジロシトドを見た。眼の前後に綿毛のような白いパッチがある風変わりなスズメで、モンテベルデ固有種とのこと。後日、この鳥をどうしても見たいがなかなか見つけられないと嘆いていたバーダーがいたが、今から思えば、私たちも滞在中に見れたのはこの時限りだったので、ラッキーと言わざるを得ない。ホテルの敷地内にも実のついた樹木がたくさんあり、身体はネイビーブルーで足は黄色いミツスイが、地味な緑色の雌と一緒にせわしく食事中だった。
 昼食後、徒歩三十分で行ける自然生態園「エコロジカル・ファーム」へ出かけた。途中、空き地でアカエリシトド(うなじが錆色で頭に冠羽をもつスズメ)が、また、オビナシショウドウツバメが勢いよく飛び交う。ウィルソンアメリカムシクイやノドグロミドリアメリカムシクイが林の中で見え隠れした。ファームの入口でチケットを買っている時、若夫婦のバーダーが、「今、セアオハリオマイコドリのディスプレイを見て来たんですよ」と、少し興奮気味で話してくれた。期待に胸を躍らせて、トレールに入った。チャイロカケスの群れが枝葉を揺らしながら、喧しいほど鳴く。他にも小鳥たちがいたが眼もくれず、もっぱらマイコドリのレック(求愛場)を探した。やっと、目印だと聞いた「ここから立ち入り禁止」の掲示板が見つかった。これこそマイコドリのレックだ。姿勢を低くして、木の影に隠れて十分ほど待った。甘ったるい、鼻にかかったような声「ミャオー、ミャオー」とともに、林の中を上下左右に動く鳥影を捉えた。まさしく、図鑑通りのセアオハリオマイコドリの二羽だ。頭に赤い帽子、背中は明るい空色、身体と羽は黒色で、尾羽までは十一センチあまり。その先が二叉に分かれた飾り羽が十〜十五センチある。ただ、動きが速くて、舞いの一部始終をつぶさには観察できなくて残念だった。
 帰る頃には暑さも和らぎ快適な気温になった。乗馬ツアーから戻ってきたグループが道の片側を駆け抜けて行く。納屋の裏手の大木に、ハチクイモドキが安堵したように羽を休めていた。「ペンション・マナキン」(マナキン=マイコドリ)、「ペンション・トロゴン」(トロゴン=キヌバネドリ)、また、新築の「ホテル・ヘリコニア」、「ロッジ・ハミングバード」(ハミングバード=ハチドリ)など、いかにもバーダーが喜びそうな名前のついたロッジが目につく。夕食は、高台で眺めのよいホテルのレストランで、スペイン風の田舎料理を味わった。
 ところで、明日訪れるモンテベルデ雲霧林は、カリブ海側と太平洋側の分水嶺にあたり、約一万一千ヘクタールにおよぶ広大な森林である。標高も六百メートルから千八百メートルにおよぶので、多様な生物種に富む地帯である。歴史的背景としては、一九五三年、ここへ移住したクエーカー教徒たちが、美しい自然に魅せられ、以来、信仰の森として崇拝してきた。そこへ、国土開発の手が伸びた時、彼らは生物学上でも貴重なこの土地を守るため、『私有』保護区に指定することを決めた。彼らの意思は、近在のクエーカー教徒たち、コスタリカ人、外国の研究者たちに引き継がれ、多方面からの財政的援助(寄付)で保護区は次第に拡大されていった。現在は、トロピカル・サイエンス・センターの管理下で運営されている。
29日。
 昨日会ったガイドのイワンさんと、朝七時に出発。雲霧林まで車で約十五分(約四キロ)。途中、徒歩の人や四輪駆動車で込み合う場所もあったが、やがて森が開けて、整地した所にビジターセンターがあり、入場券売場では早、行列ができていた。入口には二つのトレールがあり入場制限係りもいた。ガイド付きのグループが次々と入っていく。長袖シャツでも少しひやっとする気温だ。世界でもっとも美しいと言われるケツァール(カザリキヌバネドリ)に果たして会えるだろうか。私の気持ちは期待でいささか高揚気味だ。どこからどんな風に現れるのか、初めての者にとっては見当がつかない。ケツァールの行動を熟知しているイワンさんは、「奥へ入っている連中がいるが、かえってこの入口あたりがいいんだよ。この一帯に、大好物のアボカドがあって毎朝食べに来るから」。入口の手前で、鬱蒼と茂る樹木の上をあちこち見渡し、場所を変えては、また木々の上を慎重に観察していた。二十分ぐらい経っただろうか、「こっち、こっち」と手招きするので、急いで入口を通りぬけて近寄って行った。指差す方向を見ると、密生した葉陰で少し暗いが、木漏れ日が射す枝に、木の葉と同じ緑色であるが、際立って輝いて見えるケツァールが眼に入った。
 キラキラ輝くエメラルドグリーンの羽、頭、胸、背中だ。胸から腹部までは真紅、黄色い嘴、おまけに羽は波状に腹の方へ巻くようにカーブしている。尾羽の上にもう一枚の飾り羽が五、六十センチあるので、体長は一メートル前後にも達する。飾り羽は長く垂れ下がり、枝から枝へ飛ぶごとに、ゆらゆらとなびき、華麗な舞を見せる。一箇所にとどまる時間は本当に短く、眼が届く範囲内で樹冠部に近いところを縦横に飛び回る。その時、腹部は赤いが尾羽の短い、やや地味なくすんだ緑色の雌が近くに止まる。雄はかなり遠くへ行って、見失うばかりの場所まで飛ぶが、またぐるっと回って近い枝へと戻ってくる。その行動は、雌を求めているのか雄同士の縄張りを守るためなのか、わからない。近くに現れると、群がった数十人のバーダーが一斉に、「ワァー、ワァー」と歓声を上げ、どよめきが起こる。ケツァールが飛び立つたびにその方向へ皆が移動する。それほどまでに誰をも魅了する見事な鳥なのだ。やがて二羽の雄と一羽の雌は朝食を終えたのか、次第に遠ざかって行った。入口のそばでこんなに早く会えるとは予想外。あまりのグッド・タイミングさに大満足し、興奮に酔った三十分だった。
 頭上の木には、全身が黒味がかった茶色のミヤマクロウタドリが羽を休めていた。道の脇で、巣材を加えたベニイタダキアメリカムシクイがせわしく動き回る。セグロピアの木がY字型に枝分かれした所に、ハチドリの小さい円錐形の巣を見つけた。緑色に輝く鱗状の喉や胸を見せるミドリボウシテリハチドリが、近くの小枝に一瞬止まった。明るい草むらに突き出した太い朽ち木のくぼみに、巣作り中のミドリチュウハシの雄雌がいた。身体が周囲に茂る緑葉に溶け込むような色彩なので、動きがなければ見逃すところだった。「ウォー、ウォー」というホエザルの恐ろしい鳴き声が遠くで聞こえた。彼らは食糧の花や葉、果実を求めて、飛び回っているのだろう。
 イワンさんが「さほど遠くない所に鳥がよく集まるスポットがあるんだけど」と言う。帰途に着くには少し早かったので連れて行ってもらった。道を挟んで比較的開けた明るい場所で車を降りた。地上十メートル余りのイチジク類の樹木に、赤く熟した小梅ぐらいの果実がびっしりとついている。樹冠部に近い所でキノドスミレフウキンチョウとズアオミドリフウキンチョウが仲良く隣合って、実を啄ばむ姿があった。鳥の居場所が高く、葉の裏側にいて見えにくい時、彼は素早く自分のウエストバッグから手鏡を出して、反射光で目的の鳥を照らし出してくれた。他にも、ムクドリモドキ、ミドリチュウハシ、シマガシラオニキバシリ、クロコウウチョウがいた。紺碧の空に弧を描くように滑空するツバメトビの勇姿を初めて見た。白黒の身体に燕尾状の尾羽がくっきり見える。
 夕方はホテル内のトレールを下り、雑木林を通り抜け、池の方まで散策した。放牧された馬の群れ、水浴後、羽づくろいするアヒルたち、高木から切り取った葉をせわしく巣へ運ぶハキリアリの長い行列を見て、のんびりとひと時を過ごした。
30日。
 モンテベルデとは反対方向、約十二キロぐらいにあるサンタエレナ保護区へ向けて、朝七時十五分に出発。もちろんラフな道なのだが、天候が悪化して霧雨が降り始めた。ビジターセンターで長靴に履き替えポンチョを着て、ガイドのジョニーさんとトレールへ入った。彼が「主にどんな鳥を見たいの?」と訊くので、「できたら、ヒゲドリやオレンジキヌバネドリかな」とリクエストした。「天候が悪いのでどうかと思うが、とにかく行きましょう」。ひとたび森に入ると、どの樹木も苔――苔と言っても、日本の寺で見られる瑞々しい緑色の苔とはまったく異なり、黒く煤けた長めのもの――で覆われ、その上、今日のような風雨にさらされている凄まじい様子は異様な光景で、モンテベルデの雲霧林の樹木とは様相が少し違った。入ってすぐ、バナナの木にパナマオオコノハズクが雨をしのぐように止まっていた。霧で双眼鏡のレンズも曇り、とても見えにくい。おまけにトレールは平坦でなく階段なので上がったり下ったり。足元に注意しないと滑る危険もあって大変だ。そんな暗い森の中でも、ミスジアメリカムシクイ、サザナミフウキンチョウがいた。すれ違う自然観察の人たちの中には、カタツムリやカエルを探しているグループもいた。
 かなり高い場所まで行った時、森の静寂を破って、鼻にかかったような声で、「ボォーン」とひと鳴きした後に、「ボック」という鳴き声が二十〜三十秒おきに三、四回ほど続いて聞こえてきた。三人が一斉に顔を見合わせて、頭の上に大きな○を描いた。念願のヒゲドリに違いない。しばらく鳴き声が止んで、また「ボォーン」(ひと鳴き)「ボック、ボック、ボック、ボック」と、今度は先ほどとは違う方向から聞こえてくる。どうも森の中で移動しているようだ。このことをジョニーさんに訊くと、「自分の縄張り内に見晴らしのよい枯れた高木を三箇所ほど決め、その決めた枯れ木の間を移動しては鳴くという行動を繰り返すんだよ。雄は鳴き声で雌を自分のテリトリーに誘い込むんだ」。不思議なことに、遠くからでもよく聞き取れる独特の声なので、いかにも、すぐそばにいるのではないかと錯覚するぐらいだ。私たちは、危険なことだがトレールから少し外れて、立ち木を踏み分け道なき道を進んだ。周囲が少し開けた空間に出た時、彼が指差す高い枯れ木の頂上にヒゲドリが見えた。嘴の付け根から三本のミミズ状の肉垂(ヒゲ)が下がり、実に奇妙な特徴ある顔だ。頭から顔にかけて真っ白、背中、腹、羽は栗色である。以前に、トリニダード島のアリマ渓谷で聞いたアゴヒゲスズドリは、「ボック」のひと鳴きの後、「カァーン、カァーン」と、踏み切り警報機音そっくりに鳴いたのとは大違いであった。
 小降りになって空が少し明るくなったかと思うとそれも束の間、また激しく降り出した。キヌバネドリに会うのはもう無理だろうか。ここで森を出てしまうのかと思われる地点の手前で、ジョニーさんが立ち止まった。左手、地上四メートルほどの木の横枝に、腹部がオレンジ色のキヌバネドリの雌がこちらを向いてじっと座っているではないか。雨に煙る霧の中での観察。しかも、地味な雌で残念だったが、これも我慢、我慢。
 昼食前にホテルに戻ったが、雨の降った形跡はまったくなく、相変わらず土埃の舞うカンカン照り。午後は一キロ先にある有名なステラベーカリーへ行き、おいしい手作りクッキーを買った。店の横にはガイドブック通り、イチジク種の大木があり、ソライロフウキンチョウやボルチモアムクドリモドキが盛んに実を食べていた。
31日。
 少し風があるが晴れている。今朝はモンテベルデ保護区の入口より二十メートル手前の左手にある、「ハミングバード・ギャラリー」を訪ねた。石の階段を十数段上がると、森の中に開けた台地がある。フィーダーが五機備えてあり、どれも真っ赤な花に似せて作られ五ヶ所ほど飲み口がある。砂糖水を飲みにやってくるハチドリが目と鼻の先で観察できるわけだ。双眼鏡やフィールドスコープを持った人はもちろんのこと、ネイチャーウォッチングツアーの人たちも入れ替わり立ち替わりやってきて、カメラやビデオに収めていた。ハチドリたちは目にも止まらぬ速さで、ホバリングしながら食事をする。『山の宝石』の英名をもつノドムラサキシロメジリハチドリ、『ブリリアント』の名をもつミドリボウシテリハチドリ、コスタリカ固有種の銅色の帽子をかぶったドウボウシハチドリが頻繁にやって来る。中でも、大きさ、色彩の点では他のハチドリを圧倒するムラサキケン(剣)バネハチドリがたまに飛んで来ると、ウォッチャーの中から思わず歓声が上がる。今まで十数種類のハチドリを見ているが、比較にならないほど大きい。ハナバチ類やヤブフウキンチョウたちが空席があればお相伴に預かろうと、そばの枝でチャンスをうかがっている。
4月1日、快晴。
 ホテルの部屋から食堂へは歩いてほんの数分なのだが、朝食へ出かける途中、芝生にコマドリ大の鳥を見た。オレンジ色の嘴とアイリングをしっかり記憶して帰り、調べたら、アカハシチャツグミと分かる。新しい鳥がまた一つ増えて気分が良い。
 コスタリカでゆっくり探鳥できるのも今日が最後だから、一羽でも新しい鳥に出会えたらと、再びサンタエレナへ出かけることにした。朝七時二十分に出発。予約なしで訪れたのに、ジョニーさんはガイドを快く引き受けてくれ、ガイド見習中の青年も分厚いガイドブックを持って同行した。先日の雨降りの日には気づかなかったが、ビジターセンターの入口に、私の身長ほどもある、茎がサトイモに似た植物があった。熱帯雨林地帯でよく見るので訊くと、巨大な葉が傘代わりになることから、「Poorman's Umbrella(貧者の雨傘)」という名前だと聞かされて納得した。
 幅数メートルの少しぬかるんだ赤土色の道を下って行く時、暗い樹木の低い位置で、瞬時の交尾を済ませたヨコシマモリハヤブサ。小型の身体にしては嘴が太くて平たいノドジロヒラハシタイランチョウ、ベニイタダキアメリカムシクイとよく似てはいるが、黄色い顔と胸の間に黒っぽいカラー(襟、首輪)をつけているクビワアメリカムシクイが愛嬌のある顔を見せる。「あれは、フサボウシハエトリですよ」。小柄な身体に冠羽をピンと立て、喉から腹部にかけて橙色。空中で昆虫を捕まえてはまた、元の枝にきっちり戻る。何回かこうした行動を続けていた。「ピー、ピー」や「ヒュ―、ヒュ―」の音を口笛だけでなく、手や指を使って鳥そっくりの鳴き声を出すジョニーさんの上手さに感心する。それにつられてか、ムジミソサザイやハイムネモリミソサザイが葉陰でちらちら動き、こちらへ出てくるようで出て来ない。
 雄雌のケツァールが道から三、四十メートルほどの横枝に仲良く止まっている。雄の飾り羽が、先日モンテベルデで見たのに比べると、それほど長くはない。恐らく、四、五歳の若夫婦であろうということだった。この保護区にもケツァールはかなりの数いるという。「あそこにツバメトビが…」。一昨日印象に残った鳥が再び現れた。
 尾がとても細長くバンドのあるクロクマタカも、ゆっくり旋回中だ。頭に黒い縞模様があり、身体はウグイス色のミスジアメリカムシクイが群れで木々から木々へと飛んで行く。標高一○○○メートル〜二二○○メートルの高地にいるムシクイとのことだ。身体が黄色いムシクイは緑の中で見やすいが、頭に黒い帽子をかぶっていればウイルソンアメリカムシクイとすぐ判断できる。赤味がかった茶色い身体、喉の白い小型のキバシリ、サビイロヒゲオカマドドリがいる。この種のキバシリは標高一二○○メートル以上に生息するそうだ。苔がまといつく幹を直線によじ登りながら、餌を探している。
 遥か前方の緑一色に繁茂した高い山地林に、白い鳥が飛んでいるのが見える。同時に、あの「ボック、ボック」の音が聞こえてくる。ところが、後に四回のボックが続くのではなくて、金属弦をつまびくような「グエッ」または「ゲェッ」をつけ足してから、「ボック」を四回続ける。一昨日聞いたヒゲドリの鳴き声とは違っているので訊くと、前者はモンテベルデ系のヒゲドリ、後者の「グェッ」をいれるのはパナマ系ヒゲドリということで、とても興味深い話である。
 ホテルへ帰る時間が迫ってきたのでそのことを告げると、「ここから半時間ほど歩けば、サンフェルナンド・フィールド・ステーションへ出ます。そこでは運が良ければ、一日に百種の鳥が現れますよ。例えば、ミツスイやフウキンチョウやムシクイの類が…。また、鳥を見るのには、晴天よりもむしろ曇天の方がいいですね。是非ともまた来て下さい」。「口笛や鳥のさえずりの真似が上手ですが、テープを聴いて習得されたんですか?」「森の中でさえずりが聞こえると、その鳥の姿を見つけるまで二時間でも三時間でもかけて探し出すんです。テープでは声と姿が一致しないでしょう。忍耐強く探して、見た鳥の姿をしっかり脳裏に焼き付ければ、後々、絶対に忘れることはありません。口笛は何度も何度も独自の方法で練習したのです」。口の中の構造が、私たちのとは違うのではないかと思うほどだ。彼の言葉から、プロのガイドとしての凄さを感じた。
 モンタナホテルに戻り、午後一時にノーマンさんの運転で、コスタリカでの最後の夜となる空港に近いヘラデュラホテルへ直行した。夕食時、何はともあれ安全に体調良く旅が続けられたこと、心温かく迎えてくれた人々や出会った野鳥に感謝の念を表したく乾杯をしたかった。ところが、カトリックの国にとっては復活祭を二日後に控え、この日はキリストの洗足式にあたるので、国を上げて禁酒日とのこと、誠に残念だった。

4月2日。
 風も穏やかな陽気のいい朝、十時過ぎにサンホセ空港を離陸した。ターコイズブルーに輝く海を眼下に、ニカラグア、ホンジュラスの上空をかすめ、カリブ海へ出てベリーズへ。さらに、メキシコをかすめてからメキシコ湾へ出て、北米テキサス州ダラス・フォートワース空港へ午後二時半に到着。乗り換えて同四時半過ぎ、季節外れの積雪に覆われた山々に驚きながら、アリゾナ州ツーソンに安着した。
 熱帯雨林は地球での生物種がもっとも多く見られる生態系と言われている。野鳥に関しても、色彩豊かな珍鳥・奇鳥の宝庫でもある。私たちは今回の旅で、約二百四十種の鳥に会うことができた。旅日記を締めくくるにあたり強く感じたのは、多数の生物保護区や国立公園があるコスタリカは、生きる道の選択として自然遺産の保護を大きな柱にし、エコツーリズム国家を目指して確実に歩んでいるということだ。観光立国として発展するには、財政面、経済面など、さまざまな点で抱える問題も多くあるだろうが、年々報じられる生物種の絶滅・減少を何とか食い止め、いつまでも世界のバーダーのメッカとして存続してほしいと切に願っている。


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